思うに・・・
『決断するため』
本日は夕方から
京都の商工会議所の会議に
社長と同伴で出席させていただけることになりました

京都で
商売している様々な社長さんと知り合う
チャンスなので楽しんできます


現在京都大学工学部3回生。
将来の選択肢として、
就活して
サラリーマン資格弁護士起業etc
いろいろ悩んだ1年間が終わろうとしている。。。。。
いろんな学生、
社会人、社長と出会った1年間。
自分は何を考えて生きてきたのか
将来の夢は
本当にしたことは何か
自分は誰
いろんなことを考え、自分を見つめ直し、行動してきた。
その中で一番心に響き、感銘を受けたことは・・・・
『人生の選択肢を決断するために人は考える』
と、ある社会人の方に言われた一言。。。
人生とは時々刻々と自分に許させた選択肢の中から
自分でたった一つの選択を決断しながら生きている。
例えば今僕がブログを書いているのも、
他に友達と遊びに行く
部屋で漫画を読む
寝る
などの選択肢の中から自分の感性で今のブログを書くという選択肢を決断している。
もし人間一人一人に人生の台本があったらどうか?
出生から死までの人生が全て決められていたら
果たして人間は考える必要があるだろうか?
では、今の自分を含めた
就職活動をしている学生はどうか?
給料
仕事内容
社員の方
様々な会社の情報を基に無数に存在する会社の中からたった1社を決断する。
その決断には妥協が必ず伴い、後にその決断に対する後悔の念が生まれるだろう。
『本当にこの会社を選んだことがベストだったのか?』と。。
自分自身、この後悔に恐れ、将来の自分がどうなるか不安だから決断を先延ばししたいと考えた。
しかし、今ならこう考える。。。
『決められた時間の中で決断せよ』と。
人生の時間は限られている。
限られた時間の中でよりベターだと思う選択を決断し
行動するしかない。
決断には必ず妥協が含まれる。
限られた時間の中で精一杯人生を楽しむためには
決断した選択肢が間違っていなかったと思えるように
行動するしかないのではないかと考える。
しかし、がむしゃらに頑張るだけでは一体自分はどこに向かって
人生を歩んでいるか迷走してしまう。
そこで、
『将来のなりたい自分・将来の幸せ』
という漠然としたゴールを意識して、そこに向かっているのだと
自分の決断に自信を持つことができれば
後悔している暇など無くなるのではないか。。
人間は無限に考え、悩む能力を持っている。
決断しなければいいのである。
しかし、考える事と甘える事は違う。
もっとスピード感のある社会人になりたいと思った今日この頃でした